最新短編集『嫌いなら呼ぶなよ』。「みんな悪人」というよりは「みんな『明るい闇』」。整形、YouTuber、不倫、メール・バトル……、コロナ禍を背景にみんな明るくチャンバラしています。本の帯には「綿矢りさ新境地」と。17歳のときに『インストール』でデビュー。あれから21年、綿矢さんもVERY世代の38歳に。結婚、出産を経て、コロナ禍も体験したニュータイプの新作があまりにも面白いので、インタビューさせていただきました。
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綿矢りささん
1984年、京都府生まれ。高校生のときに『インストール』(2001)で文藝賞を受賞しデビュー。早稲田大学在学中に『蹴りたい背中』(2003)で芥川賞を受賞。2014年結婚、翌年出産。他の著書に『勝手にふるえてろ』『手のひらの京』『私をくいとめて』など。7歳男の子のママ。
──今回、コロナをテーマに短編集を書かれたのは?
コロナが始まったときに日記をつけていたのですが、そのころはどんな病気なのかまったく分からない未知のものだったので、緊張して書いていました。怖かったし、あまり踏み込んではいけない領域なのかな、と思って。
──その2020年を綴った日記は、昨年9月に『あのころなにしてた?』(新潮社)として出版されました。当時の綿矢さんの恐怖感が伝わってきて。
でも、そうやってコロナという現象を遠慮しながら書いているうちに、自分の中にストレスが溜まってきて、今度はフィクションとしてコロナに向かい合って書きたいと思うように。
──日記を読ませていただいて感じたのが、当時はマスク警察やテドロス、アベノマスク、路上飲みとか、ネットで毎日のように何かしら炎上していましたが、綿矢さんはそういう他人を責めるようなことを一切書かない。仏様なのか、と思いました。
そのころはほんとうに、「なんでもしますから感染したくないです」ぐらいにおびえていて、だからネットを見て「世の中の人は元気だな」と思ってました。
──仏様ではなかった。
やっぱり緊張感がありすぎたのかな。ある時点から恐怖感が薄くなっていって、かわりにストレスや怒りみたいなものが混ざってきて。いつごろやったろ、この中でいちばん最初に書いた「嫌いなら呼ぶなよ」を書き始めたあたり(「文藝」2021年冬季号)。「なんでこんなに長引くんや」とか自分でもどうにもできないというもどかしさが。
「こんな綿矢りさ、
見たことない」
──『インストール』(河出書房新社)で17歳でデビューされて21年になります。今作の帯には「綿矢りさ新境地!」とか、リリースにも「こんな綿矢りさ、見たことない!」と。以前の作品は、「癖のある倫理観を持つもの同士がひりひりするような恋愛心理戦を繰り広げる」「癒し系かと思っていたら突然、本音とか悪意がひょっこり表面化してびっくりする」というイメージだったのですが、今作は、癖の強い自意識を持ったもの同士が果てしなくずれあっていくような話で。新境地に至った理由として、① 結婚、出産を経てさまざまな「距離感」が変わった。② コロナ禍の、いろんな正義感や倫理観がかみ合っていない世の中を見た。③ ①②の掛け合わせでいろいろ吹っ切れた、自由になった、というのが一ファンとしての勝手な見立てなのですが。
私生活での変化みたいなものもあると思うんですけど、なんだろうな、人に対する見方が年齢を重ねてだいぶ変わってきていて。昔は「いい人と悪い人がいる」と思ってたけど、今は「いい人と悪い人はいるけど、同じ人にもいいところと悪いところ両面ある」ということに気づいたっていうか。あと、若いころには「憧れの男の人」や「なりたい理想像の女の人」があったけど。いいところが突出してる人は、悪いところもすごく突出していたり、けっこう、プラスマイナスやな、って思うようになって、書くものがだんだん変わってきたなっていう感じがします。やっぱ年齢が一番大きい。
──『オーラの発表会』(集英社・2018年~19年連載、コロナ以前)あたりからでは?
あのときくらいからかな。『オーラの発表会』ぐらいから、憧れの男性との恋愛を書かなくなっちゃった。
──今回の短編の一つに『オーラ』の破天荒(?)主人公・海松子(みるこ)のその後がちらっと描かれる、というファンサービスもありました。
4つの短編
──最初の「眼帯のミニーマウス」のテーマは整形。以前に比べると整形に対する悲壮感とか罪悪感はなくなりました。
カジュアルになった。カミングアウトの敷居もけっこう低くなった。
──趣味が整形の主人公がマスクに関して「自分が隠れてるのも落ち着くし、他人が隠してくれてるのも落ち着く」と。
整形したなら、普通は見せたいはずですよね。良くするんだから。でも、整形してもなお、写真を加工したりして、さらに本来の自分を隠すような人がいる。マスクも邪魔だし暑いし息苦しいから本当は着けたくないけど、マスクによって、気分がさえないときとか、顔面に自信がないとき助かるっていう。見せたいのか、見せたくないのか。
──主人公は「恥ずかしい気持ちになると手で口を隠す」と。綿矢さんも?
私の場合、ふと不安がよぎるときがある。歯に青のりがついていないとか。
──そういう不安ですか。
笑うとき、笑顔がブスじゃないか、とかいろいろよぎって隠してしまうみたいな。
──次が「神田タ」。カンダタというと私は「ドラクエ」の目出しマントの盗賊キャラを思い浮かべてしまうのですが、こちらは正統な芥川龍之介の「蜘蛛の糸」がモチーフ。
ドラクエのカンダタは初めて知りました。
──そうですか。こちらのテーマはSNS。YouTuberとフォロワーのゆがんだ距離感。
そうですね。「私が育ててる」っていうような距離感の方いらっしゃいますよね。
──独り相撲が明らかになった後の2人の常識はずれの行動も、「良い薬だと思って、私も涙をのむ思いでアンチコメントをたくさん書き込んだ」というフレーズがおかしくて。
WATAYA ORIGINAL POP FOR VERY
──表題になっている「嫌いなら呼ぶなよ」。綿矢作品には「勝手にふるえてろ」とか、「蹴りたい背中」とか、「乱暴な」タイトルがいくつかあって、そのご本人のイメージとのギャップにファンは萌えるのですが。
そういうひねくれた捨て台詞、負けた人が最後に言う負け惜しみがけっこう自分の中ではまるな、と思っていて。
──この話の男性主人公は二股不倫がばれていて、招かれたホームパーティでホスト夫婦や友人夫婦にフルボッコにされるわけですが、まったく反省してませんね。
してませんね。
──男性は基本「ばれちゃった」と落ち込むだけで反省はしない、と思っていて。
そうですか? 人によると思うけど。
──反省するような男はそもそも浮気なんかしないはずでは、と。綿矢さんはなぜこんなに浮気した男性の気持ちをお見通しなのか。
浮気する男性の本当の気持ちまでは分からないけど、図太い人の気持ちは分かるような気がして。反省する人は浮気しないっていうのも、心の強度というか。自分の中の罪悪感に最終的に負けて反省する人っていうのは、浮気をする図太さがないのかな。それぐらい図太い、ほぼ悪で善があんまりない、みたいな人の気持ちは分かる。芸能人が週刊誌とかに責められたりするけど、その人たちの会見を見ていると、すごく目が遠い、っていうか、その現実と向かい合っているというより、ちょっと遠いところを見ているかんじの人が多い。だから、こんな人たちを責め立ててなんの意味があるのだろう、と思います。
──主人公は妻に「目も鼻もないムキゆでタマゴ」「明るすぎる闇」と評されます。
責めてる人のほうが虚しくなったり、怒りで血圧が上がったり、損だなというかんじがします。
──書き下ろし「老は害で若も輩」。最高です。女性作家を取材したベテラン女性ライターとその原稿を大幅改変した作家、2人のメールの応酬にCCで立ち会わされる自尊心の高い若手編集者に次第に2人の矛先が向かってきて……という。他の仕事もそうかもしれませんが、編集者って板挟みになるのが仕事の一部というか……。
それはたいへん。
──周りの編集者と回し読みさせていただきましたが、大受けでした。そして、その作家の名前が綿矢という。「それで私をやっつけた気になってるのなら、片腹どころか両腹痛いです。笑ろてまいます」という京ことばの実に意地悪な。
あんなに揉めたことはないですけど、ただ、21年くらいお仕事をしている中で、いろんな方とやりとりしてきて、きっと誰かが我慢してくれてるから何とか無事に終わったんだろうな、という仕事もあったので。
──モデルがいるんですか? モデル探しをされないように自分を悪役に?
それもありますね。いろんな個性的な方がいるからわざわざ自分にした、っていうのはあるんですけど、自分の40歳間近という年齢にしては歴が長めみたいなキャラがあの話と合っていて。3人の中で一番上の人すなわち老害ではない、というのを書きたかったんです。「綿矢さんっていう37歳くらいの人は、一番年上ってわけじゃないけど一番老害化している」って感じで書きたいなと。
──そういうことを書きたいというのは、どういう気持ちなんでしょうか?
それを思いっきり書いたらちょっとストレス解消になるかな、と。
ストレス解消になる短編集
自分が太刀打ちできないものに対してわーわー言うのは、情けない話だけど、やっぱストレス解消にはなるんですね。だから読み返すと疲れちゃったりするんだけど、書いているときは、「これはストレス解消になる」と思いながら書いてました。
──楽しんで書かれてる感じは伝わってきました。綿矢りさの新境地、読者の反応はいかがでしたか?
「笑った」という人と「ついていけない」っていう人と両極端。「言葉遣いがおもしろかった」という人もいれば「言葉遣いに疲れた、ついていけない」という人もいて。
──「こんな綿矢りさ、見たくなかった!」という人も。
穏やかなところが全くない本なので、癒し系みたいなものを望んで読むと、やっぱり疲れるやろな。
──個人的には「こんな綿矢りさ、見たかった!」です。コロナ禍ならコロナ禍で、明るい闇を抱えた自分勝手な人たちはいつもチャンバラしている、その様子が面白く書かれているから、悲惨な話にもつらい話になりません。世の中いざこざが絶えませんから、ぜひこの路線も続けてください。
そうですね。いざこざばっかり書くっていうのも面白いですね。
『嫌いなら呼ぶなよ』
(河出書房新社)
うっかり整形をカムアウトして社内で同僚にいじられ続けるりなっちは、ある日、顔中包帯ずくめで職場に現れる(「眼帯のミニーマウス」)。YouTuberの神田に執着するぽやんちゃんは、ある日本人に接近遭遇するチャンスを得るが、本人がコメント欄を読んでいないことを知り、とんでもない行動に(「神田タ」)。妻とともに友人夫婦の新築祝いに呼ばれた霜月。しかし呼ばれたのには別の目的があった。二階の部屋で皆に囲まれ「霜月さん、不倫してるんだってね」と切り出され(「嫌いなら呼ぶなよ」)。42歳のライター・シャトル蘭と37歳の女性作家・綿矢りさがメールで揉めている。しだいに立ち会っている男性編集者・内田に矛先が向き始め(「老は害で若も輩」)。
イラスト/綿矢りさ(書き下ろし) 写真/坂本 陽 取材・文・編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2022年12月号「こんな綿矢りさが読みたかった! デビュー21年の「新境地」痛快コロナ短編集」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。商品は販売終了している場合があります。