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「憧れるって、生まれて初めて誰かに言われた」byスズ|Girl Talk with LiLy〜TALK6.

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illust. Shogo Sekine
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「憧れるって、
生まれて初めて誰かに言われた」

by スズ

 

朝、起きるとお腹に鈍い痛みがあって、トイレに行ったらやっぱりパンツに血がついていた。いつもだったらとても憂鬱な気持ちになるのに、私は雨川さんの言葉を思い出してフワッと一人で微笑んでしまっている。

 

「生理があるスズに、私、憧れる……」

 

生まれて初めて言われた。

憧れる、だなんて。

それも、とても素敵な雨川さんに。

雨が川となる奇跡。不思議な名前を持つ人気者だと思っていた、雨川さんのこと。そんな彼女と、こんなふうに親密にしゃべる機会があるとも思っていなかった。

「だって、スズはオトナの女の仲間ってことよ」

自分の身体から流れた血を見ながら、“そっかぁ、生理があるってそういうことなんだなぁ”って他人事みたいに思っている。

そんなふうに考えたことはなかったし、オトナの女になりたいと思ったことも一度もなかった。——でも、そう言ったら雨川さんは目をまん丸にしてまつ毛をパチパチさせた。

「どうして? 子供でいるって、色々と不自由を感じない? スズも、だから泣いてるんでしょう? 子供でいるかぎり、巻き込まれ事故が多いものよ。

もし、スズのママとパパがこの先に離婚をするとして、スズにはどうすることもできないじゃない? それなのに、スズの人生が親の事情にそのまんま巻き込まれる。私もそう。パパには数えるくらいしか会ったことがないわ。ま、それはいいんだけどね。ママの人生だし、私はママが好きだから。

でもね、だから同時に、私の人生はまだ本格的には始まっていないって、そう感じるのよ。だから、早く大人になりたいって願ってる。きっとその先には、今よりもドキドキすることがたくさん待ってるもん!」

ドキドキすること、と雨川さんは言った。今私は、朝のトイレに一人で座ってパンツについた自分の血を見ているのだけど、確かに生理というものも“ドキドキすること”の一つにカウントできるって思った。たった今、初めてそう思った。

「生理は、オトナっぽい。未来へと繋がる血液って感じ。だってそうでしょう? 将来の自分が子供を産むかどうかはわからないけれど、どちらにしても生理がくるってことは身体の方の準備はもうできているって証拠。

私の身体はまだ子供なのよ。でもスズの身体はもう大人。そんなのってドキドキする。だから憧れるの」

恋なんてまだしたことがないけれど、雨川さんとの会話をこうして思い返していると心がくすぐったくなってくる。雨川さんに言った自分のセリフを思い出しながら、私はそんな風に感じている。

「雨川さんは、まだ生理がないからロマンチックって思えるのかも。だって、血が出るのよ? 身体から。パンツが汚れて、時々ベッドのシーツや毛布も血で汚れてしまう。お湯で洗うとなかなか落ちないから冷たい水で洗うとき、なんだかミジメな気持ちにもなったりする。スカートが汚れたらどうしようって、授業中も不安になる。それに、お腹がとっても痛くなることもあるし、理由もなく悲しい気持ちになったりもするのよ」

ネガティブな本音をツラツラと伝えていただけなのに、どこか私はお姉さんのような気持ちになっていた。雨川さんが、目をキラキラとさせて私を見つめていたからだ。

「わ。もっと教えて。経験者の言葉は何よりも説得力があるもの!」

偉いことなんて何一つしていないのに、ただ、雨川さんよりも早く初潮を迎えたというだけなのに、私は雨川さんに憧れられていた。そして、こんなにも熱をもって“私の話が聞きたい”って誰かに思ってもらえたことが、私を純粋に喜ばせていたのかもしれない。

ドキドキしたし、こうして思い返しているだけでも不思議と胸がワクワクする。

雨川さんが私にしたように、他人に接されること、私はまったく慣れていない。「ダサい」と言われることには慣れている。だからかな。野々村さんにダサいって言われたショックよりも、雨川さんがすぐに言い返してくれた嬉しさの方が、私にはずっと大きかった。

「遅刻するわよ! 早く朝ごはん、食べなさーい!」

トイレの外からお母さんの声がする。

「はーい! ちょっと待って!」

答えながら、生理で汚れたパンツを脱いでパジャマのポケットの中に丸めて突っ込んだ(あとで、洗面所でこっそり洗うつもり)。奥の戸棚から生理用パンツとナプキンをセットで取り出して、慣れた手つきでナプキンをつけたパンツをサッと身につける。そして、便器の中で赤く染まった水をジャーッと流す。

そんな自分を、私は生まれて初めて“オトナっぽい”と感じている。

「なにか、いいことあった?」

冷たい水で、パンツの血を下洗いしてから洗濯機の中に入れてから、トーストの前に座ったらお母さんにそう聞かれた。

「ううん。ふつうだよ」ってはぐらかして野菜ジュースのストローに口をつけたら、「お父さんと喧嘩して、ごめんね。あなたのせいじゃないからね」って言われて不意打ちに泣きそうになってしまった。だから、テレビの中で流れているニュースを見ているフリをした。今日は今年初めての夏日になるって、美人なアナウンサーが言っていた。

このところ天気予報は当たっている。

だけど私の予想は、だいたい外れる。

生理初日だけど今日はなんだか良い日になりそうって思って学校に行ったから、びっくりした。教室に入ったら、泣きはらした顔をした雨川さんがいた。

<つづく>

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◉LiLy
作家。1981年生まれ。ニューヨーク、フロリダでの海外生活を経て、上智大学卒。25歳でデビュー以降、赤裸々な本音が女性から圧倒的な支持を得て著作多数。作詞やドラマ脚本も手がける。最新刊は『目を隠して、オトナのはなし』(宝島社)。8歳の長男、6歳の長女のママ。
Instagram: @lilylilylilycom

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