できることなら片づけたい、でもできない……、どうしてもできない、永遠にできない? もしかしたらそれは「脳のクセ」のせいかもしれない?という噂を聞き、ADHDの片づけに詳しい専門家にお話を伺いました。今回は、診断がつく人からグレーゾーンの人までADHDの傾向があって困っている人=「ADHD脳」の人の悩みを解決する著書が話題を集めている臨床心理士の中島美鈴さん。ご自身がADHDで困っていたという中島さんに、ADHD脳の人のための片づけのコツ、生き方のヒントを教えていただきます。
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※掲載中の情報はVERY2021年6月号(5/7発売)掲載時のものです。
中島美鈴(なかしま みすず)さん
1978年福岡県生まれ、公認心理師・臨床心理士。心理学博士。肥前精神医療センター、東京大学、福岡大学などの勤務を経て、現在は九州大学人間環境学研究院にて学術研究協力員として、成人期のADHDの認知行動療法の研究とカウンセリングを行っている。著書に、『ADHDタイプの大人のための時間管理ワークブック』『働く人のための時間管理ワークブック』(ともに星和書店)など。朝日新聞デジタルにて認知行動療法コラムを連載中。小学生男児の母。
「使うかもしれない、
とっておこう」で気づけば……
──余計なものがないリビングでのんびり過ごしたい、いつでも人が呼べる家にしたい……と思ってはいるんです。でも、片づかない。なぜなんでしょう。
「片づけ」には思った以上に高度な能力が要求されるものなのです。帰ってきてポストを覗いたら、郵便物や広告のチラシが入っている。毎日のことですが、こういうときに捨てる、捨てないという判断が苦手なのがADHD脳の人です。ピザ店のクーポンや、水道トラブル解決の業者の案内。今すぐピザが食べたいわけでも水漏れを起こしているわけでもないのに、あとで必要になるかも、念のためにとっておこうかなと思ってしまいます。ADHDでない人は、「やっぱりいらない」と整理して捨てることができるのですが、ADHDの人はそれが苦手。捨てる・捨てないの基準を決めていないか、決める自信がないのです。
──「使うかも。捨てたら後悔するかも」「とっておこうかな」という自覚があります……。
脳の中には報酬系と呼ばれる部分があり、神経伝達物質のドーパミンがここで働くことでやる気が湧く仕組みになっているのですが、ADHD脳の人は、なかなかスイッチが入りません。「ここを片づければ今すぐ10万円もらえます」というようなわかりやすいご褒美がない限りやる気になれないのです。さらにこのタイプの人は、やりたくないことは「先延ばし」にしてしまいがち。夏休みの宿題や学校のレポートを締切りギリギリまで放置するように、苦手なことから一時しのぎで逃れようとする傾向があるのです。このようなADHD脳の人が片づけをするには「新奇性」が必要です。たとえば、「洗剤ではなく、なんと冷蔵庫にあるケチャップで汚れが落とせるんです」と、驚くような方法があれば、「面白そうだから、やってみようかな」と思えるかもしれません。ケチャップはあくまでも例ですが、単調な繰り返しが苦手なADHD脳の人には今までと違うやり方が効果的です。
──印鑑とか提出書類もしょっちゅうなくします。「これは大事。なくさないようにしよう」と思った記憶はあるけれど、部屋のどこにあるのかはさっぱり……。
宅配便が来て、「あ、好きなお菓子が届いた!」と思ったら、すぐさま包みを開けてみたくなりますよね。梱包をほどくために持ってきたはさみはそのへんにポイッと置いて、さっそくお菓子を食べたい。ADHD脳の人は何かに気をとられると、他のことに注意がまわらなくなります。結果、使ったはさみはそのまま放置して行方不明に。私もこの傾向にあることを自覚しているので、帰宅したらすぐにくつろぎたくなっても、コートを着たまま、エアコンをつける前にポストの郵便物を分けて、いらないものは即捨てるようにしました。まず毎日家の中に入ってくるものの行き先を決めておくこと、もらったその場で判断することが重要です。
──子どもが今年、小学生になったのですが、さっそくプリントの山ができています。ダイニングテーブルの上も謎の紙類や細かいおもちゃですぐに地層ができていきます……。
お子さんの学校関係の書類は、地層ができる代表例ですよね。私は基本学校からのプリント類は「ポスリー」という無料アプリで撮影して管理しています。日付の決まっているものはリマインドしてくれたり、見出し機能ですぐに必要な書類をチェックできるので外出先で「あの行事はいつ?」と思ってもすぐに見返せるんです。ポスリーを使うようになってからは、学校関連のプリントは基本「全捨て」するようになりました。
──デジタル化したらいいとわかってはいても「なくなったらどうしよう」と思って原本もとっておくタイプです。どうしても捨てられないんです。
ADHDの方は、自尊心が低い傾向があるようです。これがものを捨てられない原因の一つになっています。失敗したら怖いという恐怖心が自尊心の低さにつながります。私はリースづくりのワークショップに行っていたのですが、クリスマス・リースとか季節のリースは時期が過ぎると収納場所に困っていたんですよね。それでもきれいだし、せっかく作ったものだしと取っておきましたが、気づけば部屋も物置もリースだらけ。一緒にワークショップに行ったママ友に「去年のリースどうしたの?」と聞いたら「捨てたよ」と言うんです。私はせっかく作ったのにもったいないと思ってしまったけれど、彼女は、「今自分が本当に欲しいものは何かな?」と自問自答し、その時々の自分の願望を大切に扱い、また新しい旬のものを手に入れればいいから、不要なリースは捨てても大丈夫と考えられるようです。その方のお部屋はいつもスッキリしていて美しいんです。その美しさの秘訣は、こうした自信を持っていることなんでしょうね。もったいないとか使うかもしれないという気持ちはよくわかりますが、明日世界が終わってしまうかもしれない。そう考えたら、好きなものに囲まれて、居心地の良い部屋で過ごそうと思ったほうが幸せに生きられると思いませんか?
「大掃除の日」「片づける時間」は
あえて作らない
──我が家には物置と化している部屋が2つもあるのですが、休日に片づけようと思ってもできたためしがないですね……。
皆さん、仕事や家事育児で忙しく、やることが多いと思います。大掃除の日とか整理整頓の日を作って実行するのは大変です。いっそのこと大掃除しないと決めてしまって、使ったその都度ささっとトイレ掃除をしたり、メイクのついでに洗面台を拭いたりするほうが効率的だと思います。朝、玄関で学校に出かける子どもを見送ったついでに玄関の掃き掃除をするとか、他の用事とセットにしてください。掃除という単体では重い腰を上げにくい作業が、一回のやる気アクションで済むし、セットになることで習慣にしやすくなります。こうした掃除法がADHD脳の人には向いています。
──私みたいな人は何から片づけはじめたらいいでしょうか?
今、テーブルの上にあるものをまずは紙袋にざっと入れてください。ものの30秒できれいになりますよね。しばらくその状態で生活してみると、けっこういらないものが多かったなと気づきますし、元に戻すまいと思えるもの。私はこの紙袋をカフェに持ち込んで分別作業します。ちょっと高いドリンクを頼んで、これだけのコストをかけたらやるしかないと思って一気に片づけちゃいますね。
世間で王道と言われている片づけ法はADHD脳の人に向かないものが多いので採用しなくてもかまいません。よく言われる全部出しをして収拾がつかなくなるのもこのタイプ。私はまずは今欲しい服を買って、せっかく買ったのにクローゼットにもう着ない負の遺産が残っている!と焦って片づけるほうがうまくいくんです。お部屋が物置状態だったり開かずの間がある人の話もよく聞きますが、そのうち片づけよう、模様替えしようと思ってもその「いつか」は永遠に来ません。まず、家具や家電をお届け日を指定して注文するとか、不用品回収業者に期日指定で来てもらうとか、嫌でも人や家具が来てしまう状況を作らないと動きません。
私が愛用しているのは「リコマース」という不用品回収サービス。配送用の段ボールを持ってきてくれるので詰めて回収してもらうだけです。類似のサービスは多くありますが、申し込み時点で回収日まで指定できるところがミソです。
ADHDの人は
「妻」や「母」の役割が苦手?
──周囲の人は仕事や育児があっても片づけができているように見えるんですよね。
世間でいわれるお母さんとか妻としての役割は、全般的にADHD脳の人が苦手なことばかりなんですよね。私たちは毎日お弁当を作るとか掃除をするといった繰り返しの作業が得意ではありません。家計簿を毎日つけるようなコツコツした作業はもってのほかという人が多いのではないでしょうか。どれも脳が感じる新奇性や報酬がないので率先してやりたいと思えないのです。
いま育児中の人、主婦の人が片づけがうまくいかないのならば、家の仕事以外で得意なこと、やりたいことを見つけるのが一番です。趣味でもスポーツをはじめるのでも好きなことならなんでもかまいません。なぜ好きなことを見つけてもらいたいかというと、苦手なのにやらなくてはいけない家事にアイデンティティを見出すのは難しく、別に片づけなくても殺されるわけじゃないからいいか、と後回しになりがちだからです。熱いモチベーションを保てるものを見つけて、その時間を捻出するために家事を短時間に効率よくやろうと考えることが、ADHD脳の人の片づけがはかどる近道になります。
『ADHD脳で困ってる私が
しあわせになる方法」(主婦の友社・1,430円)
だらしない! 片づけられない! 間に合わない! 「こんなにがんばっているのに、なんで私はこんなにツラいんだろう」と思う人へ。「それは、ズボラなんじゃなくて、やり方を知らなかっただけ!」なんです。自らもADHDで、子ども時代から悩んできた著者が、ADHD脳の特徴から失敗の原因を分析。脳が喜ぶしくみで、時間管理も、片づけも、感情のコントロールも、人間関係も、なんとかうまく乗り切る方法がある。片づけから恋愛まで、ADHD女子が生き抜くライフハックが満載の本。
『もしかして、私、大人のADHD?
~認知行動療法で「生きづらさ」を解決する~』
(光文社・858円)
ADHDは、これまで子どもの発達障害というイメージでとらえられてきた。しかし、最近の研究で、大人になってもADHDの症状が残ることがわかってきている。片づけができない、なくし物や忘れ物が多い、いつも時間ギリギリになってしまう、じっとしていることができない、後先を考えずに行動してしまう……といったように、ADHDの影響が日々の生活に及ぼす「困りごと」にどう対処すればいいのか。最新の研究成果も交えながら、実践できる認知行動療法のエッセンスを伝える。
撮影/古本麻由未 取材・文/髙田翔子 編集/フォレスト・ガンプJr.
*VERY2021年6月号「私の家が片づかないのはなぜ?」より。
*掲載中の情報は誌面掲載時のものです。