●登場人物●
キキ:雨川キキ。早くオトナの女になりたいと一心に願う。親友はアミ。大人びたスズに密かに憧れを持ち、第7話でついに初潮が訪れた。同じオトナの女になった喜びから、スズにガーベラをプレゼントした。
スズ:キキのクラスメイト、鈴木さん。オトナになりたくない気持ちと、すでに他の子より早く初潮を迎えたことのジレンマに悩む。両親は離婚寸前。小学校受験に失敗したことで家では疎外感を感じている。
アミ:竹永アミ。キキの親友で、キキと同じく早くオトナになりたいと願っている。大好きなキキと一緒にオトナになりたい気持ちから、キキが憧れるスズについ嫉妬。初潮はまだ訪れず。同じクラスの安達春人が妙に気になる存在に。
リンゴ:保健室の先生。椎名林檎と同じ場所にホクロがあることからキキが命名。3人の少女のよき相談相手。
マミさん:キキの母。ミュージシャン。
Talk 15.
「赤ちゃんができるということ <前編>」
Byリンゴ
「スズね、両親が離婚することになって、卒業式が終わったらお母さんと二人で引っ越すんだって。私立の中学校の近くに。簡単には会えなくなっちゃうから、そりゃあ寂しくなるけど。でも、平気……」
目の前の椅子に座っている雨川さんが、膝の上に置いた水色の封筒を握り締めながら私に言う。封筒には、鈴木さんの字で「キキちゃんへ」と書かれている。平気、と口では言いながらも、雨川さんはジッと膝の上の封筒を見つめてうつむいている。
その姿は、2ヶ月前――――朝礼で倒れて保健室に来たときの鈴木さんと重なって見えた。受験のプレッシャーと、中学校から雨川さんたちと別々になってしまう不安を話してくれた。
実は、鈴木さんはあの後、大変だった。
第一志望校の受験の日が生理と重なり、腹痛と不安とで受験先の中学の保健室で試験を受けることになってしまったのだ。結果は、不合格。そのときの鈴木さんの落ち込みようはひどく、私もどう声をかけたら良いのかわからなくなるほどだった。
「あ! スズ!」
雨川さんの声に振り返ると、鈴木さんが保健室に入ってくるところだった。
「キキちゃん、やっぱりここにいたんだ。先生、私も話していいですか?」
メガネの奥で目をニッコリさせて、鈴木さんがこちらに歩いてくる。今年のはじめに雨川さんと一緒に保健室にやってきた鈴木さんは、涙で潤んだ目をしていた。そして、泣いていない時も、いつもどこか途方に暮れたような目をした女の子だった。でも今、ここにいるのは――――
「スズー!! もう、手紙! 読んだよ! もう、泣かせないでー! スズは本当にかっこいいよー!! かっこ良すぎて、ヒーローみたいだよー!」
雨川さんにそう言われて、
「えー、そんなことないよー!!」と謙遜しながらも、キラキラした大きな笑顔からは自信を覗かせる。真っ直ぐに親友を見つめるその目に、迷いはないように見える。
それは、鈴木さんが自分の力で、手にしたもの。それも、簡単ではないやり方で。
「今だから言えるけど、スズ、最初の学校に落ちちゃったって時、本当に落ち込んでいたでしょう? でも、そこからどうやって気持ちを切り替えたの? だって、あっという間に残りの学校全部受かってたから、本当にびっくりしたんだよ、私!!」
興奮した様子で一気に言った雨川さんの隣に椅子を置き、ゆっくりと腰を下ろしながら、「あ、そっか。そうだよね、心配かけちゃったよね」と鈴木さんは穏やかに答えている。
第一志望の不合格にショックを受けたものの、次の試験日までに、鈴木さんは自力で気持ちを立て直した。ううん、自分の考え方を変えることで“気持ちをラクにすること”に成功した、といった方が正確かもしれない。
「なんかね、なんていうか、ね」と、鈴木さんは話し始める。
「受験に落ちたらもう人生が終わるってくらいに自分にプレッシャーをかけて思い詰めてきたの、ずっとずっと、ね。私が受験に失敗したら、家族もバラバラになるんだって思い込んでいたし。で、不合格になって、もちろん絶望しかけたのね。あ、もうこれだと残りも全部受かる気がしないって……。
でも、あれ? ちょっと待てよって思ったの。実際に落ちても、私は別に死んだりはしなかったし、ママとパパは怒るどころか、まるで腫れものに触るみたいに私に気を使って接してきてね。私はいつも両親の反応が怖くってビクビクしてたのに、まるで立場が逆転したみたいな様子を見ていたら、私の中の何かがサーッと冷めていって。そしたら急にパチン! と私の中で何かが吹っ切れたの。
パパとママが離婚することになっても、それは時間の問題だったわけで私のせいじゃないし! 両親が一度も結婚したことがないと言っていたキキちゃんだって、お母さんと二人で素敵な生活をしているし! 悲しい時は保健室に行って先生とキキちゃんとアミちゃんに話を聞いてもらえばいいし! っていうか、もしこのまま全部落ちたとしても、みんなと同じ中学に行けるなら、それはそれで楽しいし! 受験に失敗したって別に世界は終わらないし、もう別に何がどう転んだって私は大丈夫! って」
「ええ! スズが? スズのキャラじゃないみたい! なんかそれ、どっちかっていったら、私みたいなキャラじゃない!?」
目をまん丸にして驚きながらも正直な感想を口にする雨川さんに、鈴木さんと一緒になって私まで笑ってしまった。
「あはは! まさに、そうなの! 私の中に突然、キキちゃんが降臨したみたいだったんだよ。自分でも不思議だった! でね、次に、こう思ったの。
試験は、残り4校!! 今まで頑張ってきた勉強の成果をぶつけてみよう! 自分でも頑張ろうと決めたことだから、最後までやり切ってスッキリしよう! って。そう思ったらね、スルスルと心が軽くなって。次の試験があった日は、生理も終わっていたし、朝から気分が良かったの」
「スズは凄い! 私よりずっとずっと凄い!!」
雨川さんが叫びながら鈴木さんを抱きしめる。
「ね?? リンゴもそう思うよね?? スズ、めっちゃカッコいいよね??」
問いかけられるまでもなく、私は心から感動していて、思わず泣いてしまった。「ほんとうに、ほんとうに、かっこいい」と言いながら、その声まで涙に震えてしまう始末だった。
「え? 先生……! でも、わかる! 私も泣きそうだよ」
雨川さんは言いながら、恥ずかしそうにしている鈴木さんから腕を離す。そして、鈴木さんの方に体を向け直してから、真っ直ぐに鈴木さんの目を見て言った。
「私ね、スズに、勇気をもらった。この先の自分の人生のために、目標を持って、それに向けて本気で頑張るってちょっとカッコ良すぎるんだもの。
私は、いつか本気だそうって思って小学校時代を過ごしてたの。今はまだ子供って立場だから、頑張るのは中学生とか高校生になってからなんだって思い込んでいたの。まだ人生の本番が来ていないことがつまらないなーって。だから、早く生理もきて欲しかったし、早く大人になりたいなーって。
でも、スズは、もう本番を生きていた! 私にとって、それはもう、チョー衝撃的な事件だったの! 縁がなかったんだもん、私には。中学受験とかは。マミさんがもし勧めてくれたら、頑張ったかもしれないって思うとちょっと悔しくなるくらい。でも、ま、マミさんは勉強タイプではないし、そもそもうちはそんなにお金があるわけでもないし、それはいいの。
だから私は今から、高校受験を頑張ろうって思っているんだよね! それと同時に、女優になるためのオーディションもこれから受け始めるんだ! スズに刺激をもらったんだよ! 住む場所とか学校とか、そんなものが離れたって私たちの友情には関係ないよね? これからも、ずっとずっと仲良くしてね!!」
「キキちゃん……」「雨川さん……」
鈴木さんと私の声が重なった。続きは声にならない、というように身体を震わせている鈴木さんを見たら、もう私はこの場でワンワン声を上げて泣いてしまいそうだった。ホルモンバランスの影響なのか、最近は特に自分でも困ってしまうほど涙もろくなってしまっている。
お互いに良い影響を与え合いながらどんどん素敵な女性へと成長していく過程を、こんなにも近くで見せてもらえて……。自分の子供時代の嫌な思い出から、女の子同士の友情というものに苦手意識を持ってきた私自身が、目の前にある素晴らしい人間関係に、とても励まされていて……。心が震えるくらいに感動していて、熱い涙がどんどん込み上げてくる。
でも、私は先生だから! 先生なんだから! と、なんとか自分に言い聞かせて感情をおさえようとしていたら、
「あれ? 先生、お腹……! もしかして? 」
鈴木さんの声がした。
「え! わ! 全然気づかなかった!!」
雨川さんも声を上げる。
「……あ、そうなの」
私は涙を拭いて、二人に向き合い頷いた。
<つづく>
◉LiLy
作家。1981年生まれ。ニューヨーク、フロリダでの海外生活を経て、上智大学卒。25歳でデビュー以降、赤裸々な本音が女性から圧倒的な支持を得て著作多数。作詞やドラマ脚本も手がける。最新刊は『別ればなし TOKYO2020』(幻冬舎)。11歳の男の子、9歳の女の子のママ。
Instagram: @lilylilylilycom
▶︎前回のストーリーはこちら
性教育ノベル第13話「初めてのブラジャーと親友の初恋」Byキキ