「東野さんにいつかお会いできるのを楽しみにしていました」そう語るのは、7月に亡くなられた東野圭吾さんのベストセラー小説『虚ろな十字架』ドラマ化(WOWOW)で主演を務める香取慎吾さん。11年前に起きたある衝撃の事件を背負い、悲しみの中を生きる主人公・中原道正を熱演されています。笑顔のイメージが多い香取さんが、死刑制度という重いテーマを取り上げた作品で葛藤の先に見えたものをお聞きしました。
“期待に応えたい”と挑んだものの、
本当に自分が受けてよかったのか、と
悩んでしまうほど過酷な現場でした
「『虚ろな十字架』は、死刑制度という誰にとっても簡単に答えを出せるものではない、とても重いテーマを扱った作品ではありますが、あくまでもドラマで、エンタメ作品でもある。当初は監督やスタッフの皆さんが僕を求めてくれたので、そこに応えたいという普段と変わらない気持ちでオファーを受けました。僕は少し遅れて撮影に参加したのですが、砂浜で妻と娘と遊んでいる場面を撮ったんです。そのときは『なんだ、これから楽しい作品づくりが始まるんじゃない?』と思ってしまって(笑)。ところが、日が暮れてくるとスタッフの皆さんが海や空を見ながら口々に『ああ、こんな時間久々だな…』って言うんです。『そんなに大変な撮影が続いていたの?』と思っていたら、『こんな平和なシーンは今日で最後ですね』ってボソボソと話し出して。『そんなことないだろう』と思っていたんですけど、実際、本当にあれが最後の笑顔でした(笑)。撮影を重ねていくと、想像していた以上にこの作品のテーマの重さを感じることになりました。これまでにもいろいろな役柄、大変な作品はさまざま経験してきましたが、今回はまったく違った。この現実と向き合うことが、本当に苦しかったです。『求めてくれたからといって、簡単にやりますと言ってよかったのかな』と考えるほどで、何度も台本を読み返したりしました。こんなふうに立ち止まって葛藤したのは、長い芸能生活の中でも初めてだったと思います」
作品を通して
今まで意識しなかった現実に触れ、
ニュースの見方も変わりました
「今回の作品に参加したことで、ニュースを見ているだけではわからなかった背景や人々の思いを知り、今まで見えていなかったことが少し見えるようになった感覚がありました。報道で伝えられる出来事ひとつをとっても、その裏にどれだけ多くの人の人生があり、どんな家族の時間があって、そこから裁判へとつながっていくのか。以前よりも、自然とその先に思いを巡らせるようになった気がします。詳しくなったということではありませんが、芝居は役を通して一時でもその人生を生きることになる。1カ月、2カ月とその人物として過ごした時間は、確かに自分の中に残ります。だからこそ、事件の先にある悲しみや怒りも、これまでとは少し違う重みを持って受け止められるようになったのかもしれません。
今回は珍しく、演技の細かな部分を早い段階から意識していました。中原を演じているあいだは、おそらく一度もポケットに手を入れていなかったんじゃないかな?と思います。これまで演技をする際、そうした所作やディテールを入り口に役と向き合うことはほとんどなかったので、自分にとっても新鮮でしたし、新しい発見でもありました。いろいろな思いに揺さぶられながらもそれでもなお崩れずに立っていようとする。その感覚が、自然とそういう所作につながっていたのかもしれません」
重いテーマだからこそ、
どこかで息をつける瞬間が
必要だと思った。
そこは監督とも話しながら、
一緒に作り上げました
「僕が演じる中原は、人生を一変させた事件を機に妻と離婚し、消えない悲しみを胸に孤独を抱えながら生きている人物。とても重いものを背負った役ですが、感情をあえて表に出さず、胸の内で受け止めようとするところに、どこか自分と重なるものを感じました。鈴木 杏さん演じる妻の小夜子とは少しずつ意見がずれていくのですが、僕は中原の考え方のほうが近いのかなと。久しぶりに共演した杏さんは、それこそ子どものころから知っているのにすっかり大人になっていて、その変化が役にも重なりました。事件をきっかけに夫婦がお互いの知らなかった一面を知っていく感覚とも通じるものがあり、自然に演じられたと思います。瀬々敬久監督からは具体的な演技のリクエストはなかったのですが、以前出演した三谷幸喜さんのミュージカル「新宿発8時15分」 を観に来てくださったとき、終演後に「参考になりました!」と言われて。明るく笑顔が多い作品だったので不思議に思い、「これが『虚ろな十字架』の参考になります!?」と聞いたら、「はい、なりました!」ときっぱり(笑)。そういう冗談を言う方ではないので、もしかしたら三谷作品のコメディ部分がどこかに生きているのかもしれません(笑)。ぜひ探してみてください。
この作品に参加して、被害者遺族の悲しみ、加害者家族の苦悩、死刑制度について…いろいろなことを考えました。何よりもまず『こんな事件が起きてほしくない』『悪いことなんて全部なくなれば一番いいのに』と強く願ってしまうんですが、実際には、人生何が起こるかわからない。監督も『いつ誰に降りかかるかわからないことだから』と話していて。VERY読者の皆さんには、本当に胸が締めつけられる作品だと思います。だからこそ監督と大切にしていたことは、重いテーマの中にも、夫婦の何気ない会話や、ほっとできる瞬間を作りたいということ。どんなに辛いことがあっても、人は生きていかなくちゃいけない。そんな中で〝空を見上げて、ふと笑えるような瞬間もある〟そういうメッセージを感じてもらえたらいいなと思っています」
Profile

かとり・しんご
1月31日生まれ。神奈川県出身。俳優、アーティストとして幅広く活躍し、ドラマ、映画、舞台でコメディからシリアスまで演じ分ける表現者。天真爛漫なキャラクターと多彩な才能で、日本のエンタメ界を牽引する存在。主演映画『高校生家族』(配給:東映)が2027年1月8日(金)全国公開。
WOWOW「連続ドラマW 東野圭吾 『虚ろな十字架』」第1話無料配信中
11年前の悲劇をきっかけに妻と離婚し、孤独を抱えて生きる中原(香取慎吾)。ある日、別れた妻が殺害されたことを知り、その死の真相を追う中で、封じてきた過去と向き合うことになる。しかし妻の死には不可解なことが多く…東野圭吾×WOWOWドラマ、第10弾。東野圭吾による社会派サスペンスを、香取慎吾を主演に迎えて、日本映画界の巨匠・瀬々敬久監督により初映像化。公式HP
毎週(日)午後10時放送・配信中(全4話) ※第1話無料放送・配信、WOWOWオンデマンドでアーカイブ配信あり
原作・東野圭吾『虚ろな十字架』

2014年に発売となり、発行部数約76万部を誇るベストセラー小説で、現実の痛みを鋭く描く重厚な人間ドラマ作品。被害者遺族と加害者家族、それぞれの苦しみを通して、正義と赦しの行方を深く問いかける、東野作品らしさが際立つ1冊。『虚ろな十字架』作・東野圭吾800円+税(光文社)購入はこちらから
撮影/黒沼 諭(aosora) ヘア・メーク/石崎達也 スタイリング/黒澤彰乃(rises) 取材・文/松井美雪











