やるべきことは2つあります。まず息子さんには「人を叩いてはいけない」ということを徹底して教えること。これは、自らを律することでもあり、本誌でも繰り返し説明していますが、自分がいつ叩きたくなるかを知り、叩きたくなったら叩くのではなくほかの方法でそのストレスなり原因を解消する術を学ばせる必要があります。言語化するのか、その場から離れるのか、人のいないところで大声を出すのか、走るのか、クッションなど何か別のものに怒りをぶつけるのか、そういう解消法はお子さんと話し合って決めてください。息子さんの場合、「なんで叩いたらいけないの? 僕だって叩かれる」と言ってくる可能性が高いと思いますが、「人を叩くことは犯罪であること」「大人だったら法の裁きを受けること」「子どもだから赦されるわけでははないこと」などを徹底して指導してください。「あなたも叩かれたら嫌でしょう?」という指導は、もしかしたら息子さんには通用しないかもしれません。なぜなら、彼自身が父親から殴られているからです。
2つ目の課題は夫と今一度よく話し合うこと。幼稚園でほかの子どもを叩いていることが発覚した今がチャンス。夫には「子どもは親をモデリングする」ことを粘り強く伝えてください。特に「暴力は学習するもの」。力で押さえつけることは真実の理解には繋がりません。どういうことが起こりうるかというと、殴る人の前では大人しくなり、殴らない人の前では暴れるなど、暴力を使って場をコントロールすることを学習していくのです。不良にしたくないといいながら、こういうあいまい、もしくは過剰なしつけは子どもが反社会的行動を取るリスクの一つです。
お友だちとの約束を平気でやぶるより、約束をきっちり守るほうがいいのはそのとおりですが、完璧主義が過ぎると確かに対人関係上、トラブルが起こりやすくなることもあります。こういうとき、娘さんに「ルーズになれ」と指導しても効果は得られないでしょう。というのも、ルーズなことは社会通念上、望ましい行為ではないからです。ですが、今のまま放っておいてもいいかと言えば、そうでもありませんよね。完璧すぎることは、ときに問題を起こす原因にもなるからです。
そうやって考えますと、お嬢さんに学んでいただきたいことは、まさに「自分が遅れないからといって相手も遅れないとはかぎらない。相手にも遅れたくないけれど遅れてしまったということだってありうる」という点。こういった可能性、寛容さは一朝一夕で教えられることではありませんがコツはあります。
まず、日頃から「約束の時間は9時だけれど、交通事情などで10分くらい遅れることもある」など、会話の中に"アバウト"な要素を盛り込むことです。「遅れるのがいいと勧めているわけではない。でも、遅れることもありうる」という可能性の指導です。こういうことを、たとえばアナログ時計を使うなどして視覚的にも指導していくといいでしょう。
「給食は均等に配分します」と指示を出したいなら「均等に配分しますが、多少の増減があるのは人間は機械ではないので許容の範囲内です」とアバウトを強調します。日々の会話に「だいたい」「○○くらい」と、不確実性を表わす言葉を入れておき、折りあるごとに確認するという方法もあります。




